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東京高等裁判所 平成6年(う)43号 判決 1996年3月06日

本店所在地

東京都台東区台東一丁目三一番九号

株式会社オリエント建築設計事務所

右代表者代表取締役

島田久

本籍

東京都台東区浅草橋三丁目二五番地二

住居

同 都墨田区両国二丁目二番二-一〇〇四号

ライオンズマンション両国南

会社役員

島田久

昭和一七年一〇月二六日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、平成五年一一月一九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官五島幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人多田武、同鈴木善和連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官五島幸雄名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  土地譲渡益重課に関する主張について

論旨は、要するに、<1>租税特別措置法六三条一項一号(昭和六二年九月三〇日現在のもの)による土地譲渡益重課は、「他の者から取得した土地」を譲渡した場合に適用されるものであり、原判決も、このことを前提とし、被告会社(被告人株式会社オリエント建築設計事務所)が本件土地(東京都台東区北上野二丁目四一番二、同四二番二及び四三番一の三筆の土地)を磯照夫ほか三名から取得して他に譲渡したとして右の土地譲渡益重課の規定を適用したものと解せられるところ、その取得がいかなる法律行為によるものかを明らかにしていないのは、理由齟齬又は理由不備にあたる、<2>本件土地は、三平建設(三平建設株式会社)が単独で磯らから取得したものであるのに、原判決が、被告会社と三平建設とが共同事業として本件土地を取得したと認定したのは、事実誤認にあたる、<3>本件土地は、三平建設が開幸地所(株式会社開幸地所)に譲渡したものであるのに、原判決が、三平建設と被告会社とが共同の事業主体として開幸地所にこれを譲渡したと認定したのは、事実誤認にあたる、<4>原判決が、他の者から取得した土地を譲渡した場合でなくても、経済的にみて共同事業として譲渡したと認められる場合には、前記規定が適用されると解釈しているのであれば、法令の解釈適用の誤りにあたる、というのである。

検討すると、所論のとおり、租税特別措置法六三条一項一号による土地譲渡益重課は、他の者から取得した土地を譲渡した場合に適用されるものであり、原判決も当然そのことを前提としているものと解せられる。しかしながら、原判決は、結論として被告会社が本件土地を他の者から取得したことを認定したにとどまり、所論がいうように被告会社がこれを磯らから取得したと認定しているわけではない。そして、関係証拠によると、本件土地は、所論が指摘するとおり三平建設が単独で磯らから取得したものであるが、その後被告会社と三平建設とが転売利益を六対四の割合で分配する約束で共同事業として開幸地所に譲渡する際、被告会社が三平建設から本件土地の六割に相当する所有権を取得したものと認められる。

原判決は、専ら本件土地の開幸地所への譲渡の主体について検討し、被告会社と三平建設とが譲渡についての共同の取引主体であったと認められるとした上、その契約関係が共同の売買にあたるのか、民法上の組合にあたるのか、それとも民法上の組合類似の非典型契約にあたるのかは判然としないと認定し、「三平建設と被告会社の内部関係が民法上の組合ないしこれに類似する非典型契約であったとすると、利益について六対四の割合で分配約束があったのであるから、これに対応する収入金額と費用についても、六対四の割合で配分、分担する関係にあったと推認することができるし、共同の売買であったとしても、転売利益を六対四で分配するという約束があったことから、本件土地の共有持分を六対四にするという約定があり、本件土地の売買をめぐる収入金額と費用についても、六対四の割合で配分、分担する関係にあったと解することができる」と判示している。したがって、原判決の認定判示は、所論が指摘するとおり不明確ではあるが、結論として被告会社において本件土地を他の者から取得した上でこれを譲渡したことを認定判示しているのであるから、そこに理由齟齬又は理由不備があるということはできない。

所論は、さらに、本件土地の開幸地所への譲渡が被告会社と三平建設の共同事業として行われたとする原判決の認定をも争い、被告会社は三平建設による本件土地の取得又は譲渡の仲介行為をして報酬を得たに過ぎないと主張する。かりに被告会社が三平建設による本件土地の取得又は譲渡の仲介行為をしたにとどまる場合であっても、本件のように高額の報酬を得ているときには、租税特別措置法六三条一項一号にいう「土地の譲渡に準ずるものとして政令で定めるもの」に該当し、土地譲渡益重課を免れないばかりか、関係証拠によると、原判決が認定判示するとおり、被告会社が三平建設と共同して本件土地を開幸地所へ譲渡したことが認められる。

特に、被告人(被告人島田久)は、かねてから取引のあった三平建設に話を持ちかけ、被告会社が売買交渉の一切を引き受ける代わりに三平建設が購入資金等を全額用意し、本件土地上に共同でマンションを建設して売却利益を被告会社が六割、三平建設が四割で分配する旨を合意したこと、その後、被告人は、三平建設と再協議し、折からの不動産価格の高騰に乗じて本件土地を転売することとし、開幸地所が買主に決まったが、その際三平建設から最初に示された被告会社の利益分配が五割五分であったものを、当初の約束と違うとして六割に変更させたこと、被告会社が取得した利益分配金は、七億三一〇五万円であって、正規の土地売買の仲介手数料である六五七九万円と比較してあまりにも高額であることに照らすと、被告会社が三平建設の本件土地の譲渡を仲介したにとどまるものとはいえず、これと共同して譲渡したものというほかはない。この点の原判決の事実認定には誤りはない。

結局、土地譲渡益重課に関する論旨は理由がない。

二  損金に関する主張について

論旨は、要するに、本件土地の譲渡により被告会社が取得した分配金の中から創都開発(創都開発株式会社)の代表取締役山本輝躾らに支払った謝礼金合計二億一〇〇〇万円を脱税経費であるとして経費に算入しなかった原判決は、法人税法二二条の適用を誤っているというのである。

しかしながら、本件土地の譲渡により被告会社の取得した分配金の中から創都開発の山本に支払った二億円、友人中川喜市に支払った一〇〇〇万円は、いずれも脱税のための経費というべきであって、このような支出を損金の額に算入することは一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従ったものとはいえない(最高裁平成六年九月一六日第三小法廷決定、刑集四八巻六号三五七頁参照)から、右支出について損金に算入しなかった原判決は正当である。論旨は理由がない。

三  量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告人を懲役一年八月、被告会社を罰金一億円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、被告人に対しては刑の執行を猶予し、被告会社に対しても罰金の額を減額すべきであるというのである。

本件は、建物の建築設計を業とする被告会社の代表取締役である被告人が、地上げをした土地を取引先の建設会社と共同で他社に転売して七億三〇〇〇万円余の利益を得ながら、これを含めた被告会社の所得を全く申告せずに被告会社の法人税四億六〇〇〇万円余を免れた事案である。

このように、ほ脱額が巨額であり、ほ税率は一〇〇パーセントと高率であるばかりか、犯行の動機は自己資金でビルを建築する夢を実現させたいという私企業の利益を納税という公益に優先させたものであり、所得秘匿の方法も、知人に二億円もの謝礼を払って脱税指南を仰いでダミー法人二社を介在させるなどしており、大胆というほかはない。また、被告会社は本税のうち二億円弱を納付したが、本税の残額、重加算税、地方税などを納付しておらず、国税当局が差し押さえた被告会社の債権やゴルフ会員権を考慮しても、税の早期完納の目処は立っていない。こうした事情を併せ考えると、被告会社及び被告人の刑事責任は重いというべきである。

そうすると、被告人が査察の前に所轄税務署へ被告会社に関する税務相談に赴いていること、期限後の確定申告及び修正申告を行って納税の努力をしていること、会計処理の適正を期して被告会社の経理態勢を改善したこと、その他被告人の反省状況や家庭の事情など所論が指摘する諸事情を十分に考慮しても、被告人及び被告会社に対する原判決の量刑はやむを得ないところであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

四  結論

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項ただし書により被告人両名に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 中野久利 裁判官 林正彦)

平成六年(う)第四三号

控訴趣意書

被告人 株式会社オリエント建築設計事務所

被告人 島田久

右両名に対する法人税法違反被告事件に関する控訴の趣意は後記のとおりである。

平成六年三月三十日

主任弁護人 多田武

弁護人 鈴木善和

東京高等裁判所第一刑事部 御中

目次

第一 理由齟齬もしくは不備の主張・・・・・・一五九九

第二 事実誤認の主張・・・・・・一六〇一

一 はじめに・・・・・・一六〇一

二 売買契約締結の経緯・・・・・・一六〇一

三 共同購入の事実はない・・・・・・一六〇六

四 組合が事業主体ではない・・・・・・一六一四

五 証拠の検討・・・・・・一六一六

六 修正損益計算書の訂正について・・・・・・一六二三

七 結論・・・・・・一六二六

第三 法令の解釈適用の誤り・・・・・・一六二六

一 土地重課対象行為の解釈について・・・・・・一六二六

二 脱税経費の損金該当性の解釈について・・・・・・一六二七

第四 量刑不当の主張・・・・・・一六三〇

第一 理由齟齬もしくは理由不備の主張

一 原判決は、「罪となるべき事実」において、被告会社が他人名義で不動産の売買を行い、課税土地譲渡利益七億二三六三万九〇〇〇円を取得した旨認定している。これは、被告会社が、租税特別措置法第六三条一項(本件行為時に適用されていた改正前の条文)に規定された土地重課の対象となる行為のうち同項一号に規定された「他の者から取得をした土地の譲渡」を行ったという事実を前提とするものである。右条項は、他の者から土地を取得し、これを譲渡した場合に適用されるのであるから、原判決の「罪となるべき事実」における判示は、被告会社が本件土地(勿論本件では「土地所有権」である)を取得したと認定しているものである。

しかるに、原判決は、その「補助説明」では、「開幸地所への本件土地の転売は、三平建設と被告会社の共同事業によるものであり、被告会社は、三平建設と並ぶ本件土地譲渡の取引主体であるとみることができるから、転売利益中の被告会社の取得金は土地重課の対象になると解すべきである。なお、三平建設と被告会社間の本件土地をめぐる契約関係について、検察官は、主位的に両社の共同による売買であり、予備的に両者を構成員とする民法上の組合であると主張しているところ、本件において、三平建設と被告会社との内部の契約関係は、細部まで詰められていないため、それが共同の売買に当たるか、民法上の組合に当たるか、それとも民法上の組合類似の非典型契約に当たるかは、必ずしも判然としない。しかし、その形態が右のいずれであっても、本件土地の取引が前記のように三平建設と被告会社の共同事業であることに変わりはなく、本件の税務処理上何らの差異も生じないと解されるので、これ以上立ち入らないこととする。」と判示している(原判決書一〇丁)。

二 しかしながら、土地を「取得」したというためには、必ずその取得原因である売買、贈与、組合契約等の法律行為が必要であることはいうをまたないところであり、それ故、検察官は、主位的に両者の共同による売買(土地取得面についてみれば、「共同購入」である)、予備的に両者を構成員とする民法上の組合が成立したと主張して、被告会社の土地所有権取得を根拠づけようとしているのである。

しかるに、右原判示は、「共同の売買にあたるか、民法上の組合にあたるか、それとも組合類似の非典型契約にあたるか判然としない」と説示して、被告会社がいかなる法律行為によって本件土地を取得したかについての判断を回避している。

被告会社が租税特別措置法第六三条一項一号にいう「他の者から取得をした土地の譲渡」をしたか否かは、まず、被告会社が「土地の取得」をしたか否かにかかっており、それだからこそ、土地取得の有無が本件の最大の争点となっているのである。しかるに、原判決はその点に関する判断を回避して、被告会社の土地取得の法律上の原因を特定していないのであって、このような原判示では、到底被告会社の「土地取得」を認定することはできない。原判決は、「罪となるべき事実」においては被告会社の土地取得を認定していながら、「補足説明」ではその法律上の原因は認定できないとしているのであり、原判決には理由齟齬もしくは理由不備の違法があることは明らかである。

なお、原判決は、本件土地の転売は、被告会社と三平建設との「共同事業」であるから、被告会社も土地取得者であるといいたいもののようであるが、「共同事業」という言葉は、いろいろに用いられ、会社を共同出資して設立する場合から、民法上の組合を意味する場合、民法上の組合類似の無名契約を意味する場合、商法上の匿名組合を意味する場合、匿名組合類似の無名契約を意味する場合、単なる協力関係に過ぎない場合等広狭多様である。したがって、「共同事業」と言ってみても、共同事業者が財産について所有権を取得する場合もあればそうでない場合もあるのであって、所有権取得の有無は、共同事業の実態が契約によってどのように定められているかによって決せられるのである。しかりとすれば、原判決のように、単に「共同事業」であるというだけで、その実体上の法律関係について判断をせずに、被告会社を土地取得者と認定することは不可能といわねばならない。

第二 事実誤認の主張

一 はじめに

前述のとおり、被告会社の本件行為が土地重課対象となるためには、「他の者から取得をした土地の譲渡」(改正前租税特別措置法第六三条一項一号)でなければならず、被告会社が本件土地所有権を取得していることが土地重課に関する脱税を認定する必須の前提事実である。

そこで、検察官は、被告会社の土地取得を理由づけるために、主位的に被告会社は三平建設と本件土地を共同購入したと主張し、予備的に被告会社と三平建設との間に民法上の組合契約が成立していた旨主張し、一方、被告・弁護側は、本件土地は三平建設が単独で取得したもので被告会社は取得者でない旨主張・立証を行ったのである。しかるに、原判決は、重要な争点である土地取得原因についての認定を全く回避して(いわば争点をはぐらかして)、無責任にも土地重課対象行為の存在を認定しているのであって、その判示は到底納得できるものではない。原判決は重大な事実誤認を犯すものであり、破棄されるべきである。以下、被告会社が本件土地を取得していない理由について詳述する。

二 売買契約締結の経緯

1 被告会社と三平建設との取引

被告会社は、建築設計事務所を経営しており、設計・監理の仕事(以下「設計業務」という)を獲得するため、マンション用地を取りまとめ、これを建設会社に紹介して買取らせ、そこから設計業務を請負うという形態の取引を行っている。

このような取引は、三平建設との間にも本件以前に五件存在した。

右取引を昭和五七年に行われた明石町マンションの事例で具体的に説明すると、

<1> 被告会社は右マンションの用地を捜し、三平建設に紹介する

<2> 三平建設(但し、この場合は三平の子会社)は右土地を買収し、そこにマンションを建築し、これをマンション業者(この場合は大京観光)に一括販売する

<3> 被告会社は、三平建設から右マンションの設計業務を請負って設計料を得る

という形態のものであった(被告人島田の原審第二回公判速記録一六~二〇頁、弁四乃至八号証。なお、以下引用する証拠はいずれも「原審」記録中のものであるので、一々「原審」と付記しない)。

右取引では、被告会社は、設計を請負うだけで、土地を購入するとかマンションを共同で建設・販売するものではない。このことは、右明石町マンションの販売用パンフレット(弁4号)に、「事業主」として大京観光株式会社ほか四名、「売主」として大京観光株式会社、「設計」として被告会社という記載がなされていることからも明らかである。被告会社は単に設計者にすぎず、事業主でもなければ売主でもないのである。

2 北上野土地を三平建設が取得した経緯

北上野土地に関しても、礒ら地主側と三平建設との間に売買契約が締結された昭和六一年八月当時は、右明石町と全く同様の取組みが予定されていたのである。右売買契約締結に至る経過は次のとおりである。

(一) 礒照夫ら兄弟が所得していた北上野土地は、佐伯貞次郎に賃貸されていたが、同人は昭和五九年夏ころ死亡した。佐伯貞次郎の息子である佐伯洋一らは、右土地の借地権を含めた遺産を相続したが、相続税の支払資金を捻出するため、右土地に等価交換方式でマンションを建築して売却しようとの考えを持っていた。被告人島田は、昭和五九年暮れ頃、大成不動産の社長の成瀬から、佐伯洋一の相談にのって欲しいと頼まれ本件土地に関わるようになった(被告人島田の検面調書二丁、被告人島田の第二回速記録五・六頁、佐伯洋一の証人尋問調書)。

(二) 被告人島田は、佐伯洋一の意を受けて、昭和六〇年一二月末頃、大成不動産の成瀬と共に礒照夫の自宅を訪問したが、同人からは、年の暮れに話をするつもりはないので来年来てくれと言われ挨拶だけで帰った(礒照夫の質問てん末書三~六頁)。

翌、昭和六一年一月、被告人島田は、佐伯洋一から、借地権を全て提供するから、大資本の力で北上野土地の上に七・八階のマンションを建築し、その内の一、二室と相続税支払用の現金をもらいたいとの等価交換方式によるマンション建築の希望を聞き(被告人島田の検面調書三丁)、その話を三平建設に持ち込む一方で、礒照夫の承諾を得るため同人と何度か交渉したが、結局、この等価交換の話は礒に断られた(被告人島田の第二回速記録六~八頁)。なお、被告人島田が三平建設に持ち込んだ話というのは、三平建設が等価交換方式によりマンションを建築し、被告会社がその設計を請負うというものであり、被告会社がマンションの建築を三平建設と共同事業として行うなどというものではなかった。

(三) しかし、佐伯洋一らには、なんとか借地権を処分して相続税の資金を調達しなければならないという事情があったため、被告人島田は、等価交換方式ではなく普通の土地の売却ということで礒照夫の説得に当たったところ、昭和六一年三月の彼岸頃、礒照夫ら兄弟は、土地を売却する方向でまとまり、これにより、北上野土地の借地権、底地権を一括して第三者に売るという方向で話が進むことになった(礒照夫の質問てん末書八~一〇頁、被告人島田の第二回速記録八~一〇頁)。

(四) 一方、被告人島田は、右土地売却の方針を受けて、大手のマンション業者である大京、日本地所、朝日建設などに話を持ち込んだが、いずれも、土地の購入価格が高くてマンションを建築しても採算が合わないとの理由で断られた(被告人島田の第二回速記録九~一一頁、同第八回速記録一五頁、被告人島田の平成元年八月五日付け質問てん末書一六頁)。

そこで、被告人島田は、最初等価交換方式によるマンション建設の話を持ち込んでいた三平建設に、同年七月終り頃北上野土地の買取り方を打診したところ、三平建設が購入してもいいという話になり、売買条件について地権者側との間に合意ができ、昭和六一年八月、三平建設と地権者らとの間に売買契約が締結され、三平建設がその代金全額を支払ったのである(被告人島田の第二回速記録一二~一六頁)。そして、三平建設は、土地転売の話が出るまでは、本件土地にマンションを建設してこれを一括販売するつもりでいたのである(同一四、二五、二六頁)。

(五) 右売買契約の締結に至る経緯を見れば、北上野土地取引における被告会社の立場は、明石町マンションの場合と全く同様であることが明らかである。

被告人島田は、積極的に北上野土地取りまとめに動いてはいるが、それは、終始一貫マンションを建築する建築業者から設計業務の依頼を受けることを目的としていたのであり、いかなる段階においても、被告会社が土地を共同購入するとか、マンションの建築・販売を共同で行うなどということは全く視野に入っていなかったのである。

したがって、被告人島田が北上野土地を三平建設に紹介し、同社がこれを買取ったのも、従来の明石町マンションなどの取組みと同様に、三平建設が土地を購入し、同社が事業主となってマンションを建築・販売し、被告会社がその設計を請け負うということを当然の前提としていたのである。

被告会社は、小規模な設計業者であり、資金力もない。設計の仕事さえあれば、建設業者と共同で土地を購入し、共同でマンションを建築・販売する必要など元々なかったのであり、現実にそのような取組みをしたことも全くなかったのである。

(六) しかるに、原判決は、「被告人は、本件土地についても買収の話を三平建設の専務取締役梶川嘉臣(以下「梶川」という)に持ちかけ、<1>被告会社が本件土地の買収交渉の一切を引き受ける代わりに、三平建設が土地購入資金全額を工面すること、<2>本件土地上に被告会社と三平建設が共同でマンションを建設して売却し、その利益を被告会社が六割、三平建設が四割の割合で分配することを約した。右約束に従い、同年八月、三平建設から合計八億九四〇四万五〇〇〇円が礒、佐伯に支払われ、三平建設を買主、被告会社を立会人とする本件土地(土地上の建物を含む)の売買契約書が作成された。」との事実を認定している(原判決書四丁)。

しかしながら、前述のとおり、まず、被告人が三平建設に土地買取りの話を持ち込んだのは昭和六一年七月終り頃であって、既に、地権者らとの間で土地買収交渉はまとまっており、被告会社が土地買収交渉の一切を引受けるなどという状態ではなかったのである。このことは、被告人が三平建設に話を持込む前に、大京、日本地所、朝日建物などにも土地買取方の打診をしていたことからも明らかに推認できるところである。

また、土地購入代金についても、前述のとおり、被告会社は、設計業務の受託を目的として地上げにかかわっていたにすぎないことを考えれば、自ら土地の持分を取得してその所有権を共有する必要は毛頭なく、土地購入者である三平建設が購入代金の全額を工面するのは当然のことである。

更に、「被告会社と三平建設が共同でマンションを建設する」という点についてみても、「共同」という意味が、被告会社が設計業務を請負ってマンション建設に協力するということであれば特に異論はないが、両者がいわゆる「共同企業体」(法律上は民法上の組合)を結成してマンション建設事業を行うという意味であれば全く事実と異なる。再三述べているように、被告会社は、マンションの設計業務を請負うことだけを目的としていたからである。

したがって、原判決の前記認定は誤りである。なお、利益配分の約束については後述する。

三 共同購入の事実はない

1 三平建設が礒ら売主側と土地売買契約を締結した経緯を見れば、被告会社と三平建設との間に、北上野土地を共同購入し、マンションを共同で建築・分譲するなどという約束が成立したとか、被告会社が三平建設と共同で右土地を購入し、その共有持分を取得したなどという事実は到底認められない。

2 本件では、被告会社と三平建設が北上野土地を共同購入したとする物的証拠は皆無である。かえって、被告人の検面調書に添付されている資料一、二の「借地権付建物売買契約書」、同資料三「土地売買契約書」は、買主が三平建設一社であって被告会社は立会人にすぎないことを明示しているし、登記簿上も、三平建設が単独で取得した旨の登記がなされている(弁一号証から同三号証の土地登記簿謄本)。これらの証拠は、被告会社が共同買主でなかったことを明らかにする直接かつ客観的証拠である。

しかるに、原判決は、右各証拠が三平建設の単独取得になっているのは、「被告会社に資金を調達する能力がなく、逆にこの能力を有する三平建設が金融機関から土地購入資金の融資を受けるための便宜上、三平建設の単独名義による売買契約書を作成し、登記簿上も単独の所有名義人となったと考えられるから、被告会社も実質的に本件土地の取引主体であると認める妨げになる事実ではない。」などと判示している(原判決書八丁)。しかしながら、被告会社は元々本件土地所有権を取得する理由もなければその必要もないことは前述した経緯に照らせば極めて明白である。また、被告会社は零細企業であって、土地を取得する代金の調達能力はなく、初めから土地を取得するなどという意思も能力もなかったのである。実質的に被告会社も土地を取得したとするかのごとき右原判示は詭弁にしかすぎない。

3 そのうえ、売主側の礒照夫らの各供述も買主が三平建設一社であることを明確にしている。

(一) まず、礒照夫の質問てん末書は、北上野土地を三平建設に譲渡した経緯を極めて詳細に述べているものであって、その内容も自然であり信用性が高いといえるものであるが、北上野土地の買主についても三平建設であるとの認識でいたことを明白に述べている。

「問一〇 あなたは、あなた達兄弟が所有していた北上野二丁目の土地を実際には誰に売ったと認識しておりますか。

答 私達兄弟が佐伯さんに貸していた土地は、売買契約を取り交わしたのが三平建設ですので、三平建設が買ったと思っております。

島田さんが実質は買ったのだとは思っておりません。なぜかと申しますと、北上野二丁目の土地を売るか売らないかの交渉、売ると決めた後の交渉などはすべて島田さんと行っておりますが、島田さんは、自分のバックには大京がいると言っていたこと、オリエントの事務所にも行きましたが看板も出ていない事務所であり島田さんに金があるとは思えなかったことからです。」

(二) 次に、佐伯洋一の検面調書にも、「私は、昭和六一年八月、他の兄弟と共有で所有していた東京都台東区北上野二丁目四一番二等の約一四五坪の借地権及び借地権の上にあった建物を三平建設株式会社に売却しました。地主は、礒照夫さんなどでしたが、礒さんも三平建設株式会社に土地を売りました。」との記載があり、また、佐伯は、原審公判廷においても、買主は三平建設である旨明言する証言を行っており、佐伯も、北上野土地の買主は三平建設であるとの認識でいたことは明らかである。

このように、売主である礒照夫及び佐伯洋一は、一様に三平建設が買主であり、被告会社は買主ではなかったことを明らかにしているのである。

(三) 更に、被告人島田は、検察官調書においても、また、原審公判廷においても、一貫して、買主は三平建設である旨供述しており、その供述は、前記本件土地取得の経過や右各証拠に照らし、十分信用しうるものである。

4 被告会社は、三平建設に北上野土地を仲介したものであり、そのことは被告人の原審公判供述によって明らかである。そして、右供述は、被告会社が、礒ら売主側と三平建設との間に成立した売買契約の仲介料を売主・買主の双方から受領していることからも十分裏付けられるところである。即ち、被告会社は、礒照夫から金一、〇八七万円、佐伯洋一から金一、一五〇万円、三平建設から金一、五〇〇万円を受領しており、それが仲介料であることは、領収書等の客観的資料(被告人の検察官調書添付資料一三、一四、二〇)及び礒照夫の質問てん末書や佐伯の証言から明らかである。

このように、被告会社が仲介手数料を受取っているということは、被告会社が本件売買を仲介したこと、換言すれば、被告会社が買主でないことを端的に示すものである。

5 しかるに、原判決は、右に述べた売主側の認識や仲介料の支払いに関し、「売主側の認識の点や被告会社が佐伯ら売り主側の者から仲介手数料の名目で金銭を受領している点は、被告人が佐伯らに対して被告会社が仲介人であるかのように振る舞ったということを示すに過ぎず、被告人が本件土地取引をめぐる被告会社と三平建設の内部関係をあえてこれらの者に明らかにするとは考えられず、また、これらの者もそのような内部関係に関心がなかったと考えられるから、右の点も、被告会社が実質的に本件土地取引の主体であることと両立しうるものである」と判示している(原判決書九丁)。しかしながら、被告会社が礒ら売主側から土地売却を依頼され、買主三平建設に土地を紹介して、両者間に売買契約が成立したことは証拠上不動の事実であり、この事実は、まさに被告会社が取引の仲介をしたことを示すものにほかならず、それだからこそ、地権者も三平建設も被告会社に仲介料を支払っているのである。そして、特に重要なことは、三平建設が仲介料を支払っているという事実である。もし、三平建設が、被告会社も買主の一員であり、取引の共同主体と認識していたのであれば、仲介料を支払うはずは常識的にみてありえないことである。三平建設は、被告会社を仲介人であると認識していたからこそ、仲介料を支払っているのである。

被告会社は名実ともに仲介人であり、仲介人であるかのように振る舞う必要など全くなかったのであるから、この点に関する原判決の認定もまた到底納得しえないものである。

6 利益配分の約束について

(一) ところで、三平建設の土地取得に際し、被告会社と三平建設との間に、前者を六、後者を四とする利益配分の約束がなされていたこと、右約束に基き土地転売による利益七億三千万円余が被告会社に支払われたことは事実であるが、この事実をもってしても、被告会社と三平建設が本件土地を共同購入したとすることはできない。

(二) まず、右利益配分の約束は、被告会社が本件北上野土地のとりまとめに大変苦労したことから、三平建設に対し、同社がマンションを建築・販売することによって得る利益の配分を要求し、三平建設がこれを了承したことによっていわば紳士協定のようなものとして成立したのである。そして、当初は、右マンション事業により利益は二、三千万円程度、被告会社の得る利益はその六割のせいぜい一、八〇〇万円位が見込まれていたにすぎない。ところが、三平建設の土地取得後転売の話が持ち上り、当初の利益配分の対象とされていた利益が、三平建設のマンション事業による利益から、土地転売利益に変化し、その利益額も一挙に多額なものになってしまったのである(被告人島田の第二回公判供述、同人の検察官調書)。

このような経緯を見ると、当初の利益配分の約束は、三平建設がマンション事業によって得る利益の一部を土地とりまとめに苦労したことに対する報酬として被告会社に支払うという趣旨のものであったことが明らかであり、この約束をもって、被告会社と三平建設との間に、共同買主となって土地を購入する約束が成立したとか、実際に共同購入したなどとすることはできない。また、被告会社が多額の利益配分を受けたのは、土地購入の目的がマンション建築から土地転売に変わった後も、当初の六対四の利益配分に関する約束が守られた結果にすぎず、被告会社も土地の買主であったからでは決してない。被告会社が共同買主になったが故に、その譲渡益として多額の利益を取得したものではないのである。被告会社の収益が利益配分であったことは、国税局の資料(甲一)に「利益分配金収入調査書」とあることや冒頭陳述書の訂正前の損益計算書に「利益分配収入」という勘定科目が明記されていることなどからも明らかなのである。

(三) また、本件土地を転売するに際し、被告会社は、三平建設から右転売の話を聞き、これに賛成している事実がある。しかし、これも、被告会社が共同買主であったからでは決してない。北上野土地に対する当初の取組みは、被告会社が土地をとりまとめてこれを三平建設に仲介し、同社はここにマンションを建設して、被告会社はその設計を請負う、という形態のものであり、被告会社と三平建設はマンションを完成させるという目的のために協力関係にあったことは事実である(但し、マンションの建築・販売を共同事業で行うということではない)。したがって、三平建設がその一存で協力関係の内容を変更できないのは商道義上当然のことであり、それ故、三平建設は、土地転売について被告会社の意見を求めたにすぎないのである。そして、この土地転売の話は、三平建設が決定し、自ら買主を見付け、その売買価格も三平建設が買主と相談した取決めたことが証拠上明らかである(被告人島田の検面調書九丁)。したがって、転売を積極的・主導的に進めたのは三平建設であり、被告会社は従属的立場にあったものである。

7 原判決に対する批判

(一) 右に述べたとおり、被告会社が共同買主でなかったことは明らかである。しかるに、原判決は、「本件土地の譲渡行為の主体が誰であったかを検討する」と前置きして、<1>転売が被告会社の主導の下に行われていること、<2>利益配分に関して、被告会社が三平建設に対して優位に立っていたこと、<3>利益分配額が多額であって仲介料として説明しうる額でないことなどの理由を挙げて、「被告会社は、三平建設と並ぶ本件土地譲渡の取引主体であるとみることができるから被告会社の取得金は土地重課の対象となる」旨判示している(原判決書六乃至一〇丁)。

(二) しかしながら、右判示は、まず、本件土地譲渡つまり「転売」の主体が誰か、という観点から検討している点で、論理的矛盾を犯している。転売にはその先行行為として「取得」が必ずなければならないのであるから、「取得」の主体についてまず検討するのが論理上当然だからである。しかるに、原判決は、前述のとおり、「取得」に関する法律的な検討を回避して、もっぱら「転売」に関する判断のみに終始して、争点をごまかしているのである。被告会社が「取得」の主体でなければ「転売」の主体になりえないことは理の当然であり、原判決は正面から「取得」について判断すべきであったのである。原判決がそのような判断過程を辿っておれば、前述のとおり被告会社が「取得」の主体でなかったとの認定に至ったことは明らかなのである。

原判決は、その思考方法において決定的な誤りを犯しているといわざるをえない。

(三) 次に、「転売が被告会社の主導のもとに行われた」との原判決の認定も誤りである。前述のとおり、転売の話は三平建設から持ちこまれ、転売先、転売価格も三平建設が決めているのである。その過程で梶川が被告人の意見を聞いて同意を得ていた事実はあっても(しかし、それは、原判示のように、「梶川が逐一被告人に伺いを立てて了承を得ていた」などというものでは絶対にない。)、それは、当初の事業内容を三平建設の意向で変更することを考えれば当然のことである。また、三平建設は土地購入代金として金八億九四〇〇万円もの多額の資金を支出し、そのうえ、土地購入による危険はもっぱら三平建設が負担していたことを考えれば、被告会社が土地の転売に主導権を持っていたなどということは常識的にみてもありえないことである。更に、ダミー会社を介在させることが被告人の発案であったことも事実であるが、それによって三平建設の利益額に全く変更がない以上、三平建設にとってはどうでもいいことであり、「被告人が梶川に了解させた」などという強い意味を持つものではない。要するに、土地転売が、短期間に、より多額の利益を得られることが分ったために、三平建設が発案し、被告会社もこれに同意して、両者合意のうえ、当初の計画を変更して転売を実行したというのが実態なのである。したがって、被告会社が転売を主導したもとではなく、これに反する原判決の認定は到底肯認できない。

なお、三平建設は、当時株式の新規上場を控えて、利益の確保に大変熱心であった。土地転売が短期間に多額の利益を得られることから、三平建設は急遽土地転売に方向転換したのである。この意味でも、土地転売は三平建設の主導の下に行われたことが推認できるのである(当審において立証予定)。

(四) また、「利益配分に関して、被告会社が三平建設に対して優位に立っていた」との原判決の認定もまた誤りである。

土地転売に方針を変更した後の利益配分に関し、最初、三平建設側が、五五パーセント対四五パーセントの割合を提案したのに対し、被告人の意向でこれが六〇パーセント対四〇パーセントに改められたのは事実である。しかし、三平建設との間の当初の約束が六〇対四〇であった以上、配分対象となる利益がマンション事業による利益から土地転買による利益に変更されたとしても、当初の利益配分の割合を守るのが信義則上当然といわねばならない。最初の約束が六〇対四〇と決められた背景には、前述のとおり被告会社が本件土地とりまとめに大変苦労したという事情があり、その事情は計画が変更されたからといって変るものではないからである。そこで、被告人は、三平建設の五五対四五の提案に対し、「それは約束と違うんじゃないの」という程度の軽い意見を述べたところ、三平建設も全く異を唱えることなく、素直にこれに応じて、当初の約束どおり、六〇対四〇の割合による利益配分を了承したのである。勿論、被告人が三平建設に対し、六〇対四〇でなければ転売を承諾しないなどと言って、無理に要求を貫いたなどという事実は全く認められない。

しかりとすれば、転売利益の配分に関し、被告会社が三平建設に対して優位に立っていたなどということはありえず、この点に関する原判決の認定も誤りといわねばならない。

(五) 更に、原判決は、「利益配分額が多額であって仲介料として説明しうる額でない」と判示するが、被告会社が取得した金員は、元々三平建設との最初の約束に基く利益の配分であって、仲介料ではない。したがって、これを仲介料と同列に論ずること自体ナンセンスなのである。利益配分額が多額になったのは、マンションの建設・販売という計画が変更されて、土地を転売することになった結果にすぎない。この利益配分の実質は、いわば土地とりまとめに対する謝礼・報酬なのであり、その金額が多額だからといって、被告会社が土地取引の主体ということにはならないのであり、この点に関する原判決の認定もまた誤りである。

(六) 結局、「被告会社は三平建設と並ぶ取引主体である」などという原判決は明らかに誤っている。なお、原判決は随所に「取引主体」という表現を用いているが、「取引主体」という言葉の意味は、被告会社が土地売買の当事者つまり「買主」であり「売主」であったというべきところ、原判決は、この「買主」及び「売主」という表現を意図的に用いず、「取引主体」というような曖昧な表現をして被告・弁護側の主張を斥けているのであって、ここにも原判決の欺瞞性が認められるのである。

被告会社は、本件土地の「買主」ではなく、したがって「売主」でもなかったことは明らかであり、被告会社には租税特別措置法第六三条一項一号に該当するような行為はなかったのである。

四 組合が事業主体ではない

1 被告会社の土地取得に関する検察官の予備的主張は、仮に、本件売買について被告会社が共同買主でないとしても、本件事業主体は、被告会社において礒及び佐伯等の地主及び借地権者との交渉といった労役を提供し、他方三平建設において資金を提供した民法上の組合と見ることができる、というものである。

検察官の右主張は、被告会社と三平建設との間に民法上の組合契約が成立したことを前提とするものであるが、本件では右組合契約の成立を認定することは到底不可能である。

2 まず、前述のとおり、被告会社は、当初、三平建設からマンションの設計を請負うことを目的として土地を仲介したにすぎず、共同事業主として土地の所有権者になる必要は全くなかったのである。

組合契約が成立したというためには、ましてや本件のように多額の金銭出資を伴う場合には、組合契約の基本となるべき出資の種類、出資の割合、業務執行方法、取得財産の持分割合、損失の負担割合、利益の配分等について具体的な取決めがなされるのが通常であるのに、本件ではそのような約束がなされた形跡はない。ただ、利益配分の約束があったことは事実であるが、それは、前述したとおり、三平建設がマンションを建築し販売したことによって得る利益を対象としたもので、「組合」が共同事業を行って得る利益の配分についてのものではない。

そして、本件取引の実際をみても、被告会社は出資金を支出したわけでもないし、土地購入代金を負担しているわけでもない。また、土地の引渡を受け、所有権移転登記を受けたわけでもないし、引渡後の土地の管理・保全をしていたわけでもない。事業主体としての組合独自の会計もなくそのような経理処理も行われていない。ましてや組合契約書などの物的証拠は何ら存在していない。要するに、本件では、被告会社が組合の一員であるというような実態は全くないのである。

3 更に、北上野土地組合計算書(被告人の検察官調書添付資料4、5)も、民法上の組合契約の成立を何ら裏付けるものではない。

右計算書を作成した作田良一は、梶川嘉臣の説明や税理士の税務上の見解を受けて、被告会社と三平建設との関係は、民法上の組合ではないと理解し、三平建設の単独取得を前提として右計算書を作成した旨証言している。そして、右計算書の記載内容自体も、それが民法上の組合契約の成立を裏付けるものではなく、むしろこれを否定するものであることが明らかである。即ち、この計算書では、三平建設が土地重課税の全額を負担したうえで、被告会社に対する利益配分を行うこととする内容となっており、そのことは、三平建設が土地を単独で取得し譲渡することを当然の前提としていることを明白に示しているからである。よって、右計算書は三平建設の単独取得を明らかにする極めて有力な証拠でこそあれ、これを根拠に、被告会社と三平建設との間に組合契約が成立したなどとすることは到底できないのである。

ちなみに、租税特別措置法(法人税関係)通達「六三(6)-一(民法上の組合が行った土地等の譲渡)」と同「六三(6)-二(匿名組合等が行った土地等の譲渡)」とを比較してみれば、右計算書が民法上の組合を前提とする計算書ではないことが一層明らかになる。

4 なお、前述のとおり、本件では、被告会社に対し、土地転売による多額の利益配分がなされ、かつ、右転売に際し被告会社が賛成している事実があるが、これをもってしても組合が事業主体として土地所有権を取得し、被告会社がその持分を有していたとみることはできない。その理由も前述の共同買主に関し説明したところと同様である。また、被告人島田の検面調書や公判供述では、組合契約の成立を推認させるような供述は全くないし、梶川の検面調書でも、組合契約を結んだとか、組合が事業主体として土地を購入したなどという記載は一切ないのである。

5 以上、要するに、本件土地取引に関して、被告会社と三平建設との間に民法上の組合の成立はなく、事業主体を組合とみることはできない。よって、この点でも被告会社が土地所有権を取得したとすることはできず、被告会社に対して土地重課税を課すことはできないのである。

五 証拠の検討

これまで述べたとおり、本件では、「共同購入」及び「組合」の事実を認定しえないことは明らかであるが、念のため右事実認定に関係すると思われる証拠について個別に検討しておくこととする。

1 念書(平成四年押第一〇二〇号符号1)について

右念書は、礒照夫宛の佐伯洋一名義のものであり、そこには、「私(佐伯洋一)は、この度東京都台東区北上野二丁目四一番地他〔約四七九・三四m2(一四五坪)〕の借地権付建物を、株式会社オリエント建築設計事務所へ売り渡すことに承諾致しました。」と記載されている。つまり、この念書は、買主が被告会社であることを一応推測させるものとなっている。しかしながら、この念書を礒照夫に持参した被告人島田は、その念書を指して「このように佐伯さんから全部まかされましたのでよろしく」といったにすぎず(礒照夫の質問てん末書問三)、これを受け取った礒照夫はそれを「島田さんが持ってきた委任状のようなもの」としか認識していなかったのであり(同質問てん末書問一六)、同人が念書をその記載内容どおりの意味を持つものとは理解していなかったことが認められる。そのうえ、礒照夫は、この念書の存在を十分認識していながら、前記のとおり、買主は三平建設であって被告会社ではないと述べているのである。

また、右念書に署名した佐伯洋一自身も、原審公判廷において、右念書は佐伯の土地売却の意志を確認するためのもので、被告会社は買主を探してくれる仲介者であり、買主ではない旨明確に証言しているのである。

このように、念書の作成者も名宛人も、念書を単なる委任状のようなものとして考えており、「被告会社に売渡す」との記載について、これを字義どおりの意味を持つものとは理解していなかったことが明らかである。しかりとすれば、右念書をもって、被告会社が土地の共同買主であることの証拠とみることは到底できないものである。

なお、原判決は、右念書を証拠として挙げているが、その念書が被告会社が土地を買受けたことの証拠にならないのは、右にみたとおりであり、原判決の証拠判断は誤っている。

2 梶川嘉臣の検面調書の信用性について

(一) 梶川嘉臣の検面調書には、

<1> 被告人島田から、被告会社と三平建設とが共同で北上野土地を買い上げて、それを開発するなり、転売するなりしようではないかという話を持ちかけられた(同調書一丁)。

<2> 共同事業ということでマンションでも建設したい、という話を聞いた(同三丁)。

<3> 北上野土地の購入は、三平建設と被告会社との共同事業でした(同八丁)。

などという、一見すると被告会社と三平建設とが本件土地を共同で買い受け、もしくは共同事業を行ったかのような記述記載がなされている。

(二) そこで、右検面調書の信用性について検討する。

まず、右<1>の供述記載は、最初から土地転売の話が出ていたとする点で明らかに事実に反している。そのうえ、右供述記載は、三平建設が土地を取得する前の段階で、「共同で土地を買い上げよう」という話が持ちかけられたというにすぎず、実際に「共同で買い上げた」という趣旨ではない。したがって、右供述記載部分を被告会社と三平建設とが共同で土地を買い上げたという趣旨に理解することはできない。

(三) また、前記<2><3>の「共同事業」という供述記載についてみても、それが直ちに「共同買主」を意味するものではない。「共同事業」という表現は、日頃良く使用されており、民法上の組合を意味するものから、単なる協力関係にすぎないものまで、その意味内容は広・狭多様であるからである。本件のように、被告会社が土地をとりまとめて三平建設に仲介し、三平建設からマンションの設計を請負うという形態の取引であっても、マンションの完成という事業目的に向かって協力するという意味で共同事業といっても何ら不自然ではないし、梶川調書にいう「共同事業」という表現も同じ趣旨であると解される。したがって、梶川調書にいう「共同事業」が、共同買主を意味するものでないことは勿論民法上の組合を前提とするものでもないのである。

その他に、梶川調書には、共同買主や組合を認定させるような供述記載は全くない。

(四) 右に述べたように、梶川調書から、共同買主の事実や組合契約の成立を認定することはできない。しかも、梶川調書には、

<1> 北上野土地につき、最初から転売の話が出ていた。

<2> オリエントとの取引は昭和五八年度から始まった。

<3> 被告人島田が土地購入代金を全て三平建設でまかなってもらいたい旨申し入れた。

<4> 被告人島田と相談した結果、転売することにし、転売先について双方で探すことになった。

などと本件証拠に照らし、到底信用し得ない記載が多く、梶川調書は全体として信用性が乏しいものといわねばならない。

3 被告人島田の質問てん末書の信用性について

(一) 被告人島田の国税局収税官吏(以下「査察官」という)に対する質問てん末書二通が証拠調べされているが、同てん末書の供述記載もまた重要な点で事実に相違しており到底信用しえないものである。

(二) まず、同てん末書には、「北上野土地の取引は、三平建設が土地購入資金を拠出し、オリエントが借地権者と底地権者から瑕疵のない土地を購入することができる予約権を確保したという意味の信用を拠出して共同事業として行われたものである。」との趣旨の供述記載があある(平成元年七月一日付問五)

しかし、「オリエントが借地権者と底地権者から瑕疵のない土地を購入することができる予約権を確保したという意味の信用を拠出した」という記載は、余りにも抽象的でまわりくどい表現であって、法律には素人の被告人島田が自らそのような供述をするはずはないし、査察官が勝手に右記載をしたとしても、同被告人が意味内容を理解して署名捺印しているとは思われない。このことは、同被告人の原審公判供述から明らかである。

被告人島田が本件土地の話を三平建設に持込んだのは、従来の取引と同様マンションの設計業務を請負うことに目的があったのであり、「予約権を確保した」とか「信用を拠出する」などという意識は全くなかったのである。ましてや、被告会社が信用を拠出し、三平建設が買収資金を拠出するなどという認識もなければ、そのような約束をした事実もない。三平建設が買収資金を全額拠出しているのは、同社が土地を単独で購入する以上当然のことなのである。

信用と資金を拠出し合うなどという右てん末書の供述記載は、全く事実に反しており、査察官の作文である。

(三) 次に、被告人の質問てん末書には、北上野土地に関して、被告会社が受領した三平建設からの一、五〇〇万円、佐伯からの一、一五〇万円、礒からの一、〇八七万円は、いずれも仲介料ではない、旨の供述記載がある(平成元年八月五日付問六)。

しかし、右各金員が仲介料であることは、佐伯の証言、礒の質問てん末書の供述記載、被告人の検面調書(三六丁)、同調書の添付資料四、五(組合計算書<5>に仲介料が明示されている)、被告人の原審公判廷における供述等から明白である。右てん末書の供述記載は、査察官が被告会社も本件土地の共同買主であることを前提にして、買主であれば仲介料を受領するのは不自然であるとの判断のもとに、無理に仲介料ではない旨の調書を作ったもので、到底信用できない。

(四) 要するに、被告人の質問てん末書は、北上野土地の取得・譲渡は、被告会社と三平建設とを組合員とする民法上の組合が行ったものであり、被告会社も共同買主でかつ共同売主であるとの前提に立って作られているのである。

しかし、そうだとすると、先に示した「租税特別措置法(法人税関係)通達六三(6)-一」にもあるように、土地重課税は、各組合員に課税されることになるのであるから、てん末書上でもその趣旨が明らかにされていなければならないはずである。しかるに、てん末書にはそのことと矛盾する記載が存在する。即ち、平成元年八月五日付てん末書問六(一四頁)には、

「私はお示しの北上野土地組合計算書第二案によって三平建設とオリエントで利益をいくら配分しあえるかを計算してもらい、三平建設の梶川常務から、三平建設が北上野物件の土地重課税をいったん全額支払いオリエントの配分金額の説明を受けた」

とある。この記載は、北上野土地の取得・譲渡に関しては、各組合員がそれぞれ土地重課税を払うのではなく三平建設がこれを全額払うとの趣旨であることが明らかである。しかりとすれば、右供述記載は、三平建設と被告会社の両者がともに売買の当事者であるとのてん末書の前提と明らかに矛盾している。このように、てん末書自体の内容に矛盾が生じているのは、査察官が実態に合わない供述を無理に作りあげたことを推測させるものである。

(五) 右に述べたように、被告人の質問てん末書の内容は、重要な点で事実に相違し、また、矛盾する供述記載を含むものであるが、その原因は、査察官の予断と偏見のもとにてん末書の作成が誘導されたからにほかならない。その経過については、被告人島田の原審公判供述によって明らかである。そこでは、査察官が同被告人の供述しないことや意味を理解できないことを調書にしたこと、一旦作成した調書が上司の考えに合わないという理由で作り直されたこと、被告人島田は、調書の内容に異を唱えたこともあったが、査察官から「土地取引とはこういうものだ」とか「上からこう言われている」などと言われて必ずしも納得しないまま調書に署名・押印したことなどが明らかにされており、被告人島田が査察官に言われるまま、調書に署名・押印していった姿が浮き彫りにされているのである。

結局、被告人島田の質問てん末書は、その作成経過に照らしても信用できないものといわねばならない。

4 被告人島田の検察官調書について

(一) 被告人島田の検面調書の内容は、大筋において被告人らの主張を裏付けるものとなっており、その主要なものを挙示すると次のとおりである。

(1) 第一に、被告会社が共同買主となったか否かについては、被告人島田は、「オリエントや私に資金はなく、設計という本職で本件にかかわろうと考えて三平建設に協力をしてもらうことになった」旨供述して(四丁)、最初から被告会社が土地の買主になることなどは考えていなかったことが明らかにされている。

(2) 第二に、利益配分についても、最初は建物を建築して分譲することによって三平建設が得る利益を対象にしており(四丁)、土地転売利益を対象にしたものではなかったことも述べられている。

(3) 第三に、本件取引に関して、佐伯洋一、礒照夫、三平建設から受けとった金員についても、いずれも仲介手数料であるとの供述がそのまま記載されている(佐伯については七丁、礒については八丁、三平建設については三六丁)。なお、佐伯からの仲介料については、「転売は結果論であるから、仲介料をもらっても不合理ではない」旨の説明が付加されているほどなのである(七丁)。

(4) 第四に、土地転売の話は、三平建設が土地取得後の九月ころになって、梶川専務(なお、被告人の公判供述では高見となっている)から持出されたものであり、買手の開幸地所も三平建設側で見つけたことが明記されている(九、一〇丁)。

(5) 第五に、三平建設は、当初の利益配分の約束を土地転売利益が対象となってからも守ってくれた旨述べられている(一〇、一一丁)。

(二) また、被告人島田の検面調書には、被告会社が信用や労力を拠出したなどという「組合」の成立を推認させるような供述記載や被告会社が共同で本件土地を買受け、共同で売却したなどという事実を推認させる供述記載は全くなされていない。なお、「本物件購入がオリエントと三平建設との共同と評価されてもおかしくない型態となりましたが、」という供述記載(七丁)があるが、それは、土地が転売されたという結果から判断した場合の評価・意見を述べたにすぎず(そのことは供述記載の前後を読めば明らか)、右供述記載から被告会社の売買の当事者性を推認することはできない。

被告人島田の検面調書は、大筋において「買主ではないから売主でもない」という被告人らの主張を裏付けるものなのである。

(三) 取調べ検察官は、被告人島田の前述のような質問てん末書は当然読んでいるものと思われるのに、検面調書はてん末書の内容と矛盾するものになっている。被告人島田は、検察官の取調べに際し、特に、誘導されたとか強制されたなどという事情はなく、検面調書は全体として自然に作られており、十分に信用しうるものである。

取調べ検察官が、このような検面調書を作成していながら、何故、本件公訴事実のような起訴をしたのか了解できないものといわざるをえない。

六 修正損益計算書の訂正について

1 原審において、検察官は、平成五年七月二二日付書面をもって冒頭陳述書の修正損益計算書を訂正した。訂正の内容は、当初の修正損益計算書で設けられていた「<1>利益分配収入」勘定が削除され、新たに「<1>の1土地の譲渡等による収益の額」、「<1>の2同上に対応する原価の額」及び「同上に係る販売費及び一般管理費」の各勘定を設けるというものである。

しかし、右訂正は、ネットで金額を見れば全く意味がない。なぜなら、当初の修正損益計算書では「<1>利益配分収入(貸方)七三一、〇五〇、〇〇〇」となっているところ、訂正後の修正損益計算書では、「<1>の1土地の譲渡等による収益の額(貸方)一、三一五、八九〇、〇〇〇」、「<1>の2同上に対応する原価の額(借方)五三六、四二七、〇〇〇」及び「<1>の3同上に係る販売費及び一般管理費(借方)四八、四一三、〇〇〇」の各勘定の金額を貸借合計すると貸方の残として「七三一、〇五〇、〇〇〇」という金額となり、金額の点だけから見れば、訂正前と後とでは全く変わらないからである。

2 ところで、損益計算書における勘定科目は、取引の実態つまり損益の原因たる事実を的確に表現するものでなければならず、これを恣意的に、設けたり、変更したりすることは許されないはずである。したがって、当初の損益計算書に「利益分配収入」とあるのは、被告会社の本件収入が土地譲渡収益ではなく、三平建設との約束に基く利益配分であることを示していたのである。つまり、検察官は、冒頭陳述書では、「共同購入」を主張してはいたものの、本件取引の実態が三平建設の単独購入であり、被告会社の収益は単なる利益配分であったことを無意識のうちに認めていたのである。

しかるに、検察官は、被告会社の収益が「利益分配収入」であっては、その主張に矛盾することに気付き、前記のように損益計算書の勘定科目を訂正したのである。即ち、検察官は、「北上野土地を三平建設と被告会社が共同で購入し共同で売却した。仮にそうでないとしても、北上野土地は、三平建設と被告会社とが組合員となっている民法上の組合が取引主体となって購入し売却した」との主張と整合性をもたせるために勘定科目の訂正をしたのである。

3 しかし、訂正後の勘定科目を個別に検討すると勘定科目が取引の実態に合致せず不合理であることが直ちに明らかとなる。

(一) 「<1>の1土地の譲渡等による収益の額(貸方)一、三一五、八九〇、〇〇〇」は、被告会社が取得した北上野土地の共有持分を売却し一、三一五、八九〇、〇〇〇円の収益を得たということを意味するものであるが、被告会社が右金額の収益を得たなどという事実は全く存在しない。

(二) 「<1>の2同上に対応する原価の額(借方)五三六、四二七、〇〇〇」は、被告会社が北上野土地の共有持分を取得するために要した費用の金額が五三六、四二七、〇〇〇円であるということを意味するが、被告会社はこのような金額を調達した事実はないし、仮に検察官の予備的主張のように、組合に対し労務を出資したというのであっても、被告会社の労務が五億円を超える金額で評価されていたなどという事実は証拠上全く認められない。

(三) 「<1>の3同上に係る販売費及び一般管理費(借方)四八、四一三、〇〇〇」は、北上野土地の取得後譲渡するまでに被告会社が負担した費用が四八、四一三、〇〇〇円であるということを意味するものであるが、被告会社は、北上野土地の売却に関しては、一切費用を負担していないことも疑いのない事実である。

4 右のとおり、訂正後修正損益計算書の勘定科目に記載されたような実態が存在しないことは、一見して明らかである。しかりとすれば、検察官の勘定科目の訂正は、取引実態と全く乖離しているといわねばならず、検察官が単にその主張との間に整合性をもたせるために恣意的になしたことが明らかである。

訂正前の損益計算書にある「<1>利益分配収入(貸方)七三一、〇五〇、〇〇〇」という記載こそが、被告会社が利益配分として三平建設から七三一、〇五〇、〇〇〇円の収益を得たという本件取引の事実関係を端的に反映するものなのである。

5 なお、原判決は、右修正損益計算書の訂正に関する弁護人の右主張に対し、「三平建設と被告会社の内部関係が民法上の組合ないしはこれに類似する非典型契約であったとすると、利益について六対四の割合で分配約束があったのであるから、これに対応する収入金額と費用についても、六対四の割合で配分、分担する関係にあったと推認することができるし、共同の売買であったとしても、転売利益を六対四で分配するという約束があったことから、本件土地の共有持分を六対四にするという約定があり、本件土地の売買をめぐる収入金額と費用についても、六対四の割合で配分、分担する関係にあったと解することができる。したがって、修正損益計算書に計上すべき本件土地の譲渡に関する収入金額及び損金の額は、利益分配の割合ないし土地共有持分の割合に応じて案分した額となるから、これが実際の取引に合致しないという弁護人の右主張は失当である。」と判示している。

しかし、この判示もまた不合理極まるものである。原判決は、三平建設と被告会社との内部が「民法上の組合」か「組合類似の非典型契約」か、あるいは「共同売買」か認定しえないとしているのである。しかりとすれば、それらの契約関係のいずれかを前提とする立論はできないはずなのに、原判決はそれをしているのであり、判決文自体に矛盾があるといわざるをえない。訂正後の修正損益計算書の勘定科目が本件取引の実態と乖離していることは前述のとおりであり、原判決の判示はまさに詭弁としかいいようがない。

七 結論

以上、被告人らに有利・不利の各証拠を検討した結果、被告会社が本件土地の買主ではなく、したがって、売主でもありえなかったことが明らかになった。実質所得課税の趣旨からみても、被告会社に土地重課対象行為はなく、この点に関し、被告人らは無罪である。

第三 法令の解釈・適用の誤りの主張

一 土地重課対象行為の解釈について

原判決は、「本件土地の転売は、三平建設と被告会社の共同事業によるものであり、被告会社は、三平建設と並ぶ本件土地譲渡の取引主体であるとみることができる」、「被告会社が実質的に本件土地取引の主体である」という表現を用いて、土地重課対象行為の存在を判示している。法律の要件は、「取得」・「譲渡」であるのに原判決がこの点の認定をごまかしていることは前述したが、仮に、右原判決の意味するところが、法律上土地を取得し譲渡したものではなくとも、経済的に見て共同事業であれば、土地重課の対象となると解釈しているとすれば、これは、明かな法令解釈の誤りである。

ちなみに、最高裁(最判昭和六三年一〇月一三日訴訟資料一六六号一三一頁)で維持された高裁判例として、「匿名組合といえどもこれを経済的にみれば、匿名組合員と営業者との共同事業に外ならないが、法形式の面からみれば、外部に対し営業活動をするのはあくまでも営業者のみであって、匿名組合員は営業に全く関与しないのである。そして、措置法六三条の適用に当たっては、その法形式の面に着目し、本件土地譲渡により生じた利益はすべて譲渡人に帰属する譲渡利益として課税されることになるのである。控訴人の主張は法形式から生じる差異と経済的同一性とを混同しているものといわざるを得ない。」と判示するものがある(名古屋高判昭和六一年七月一六日税務訴訟資料一五三号一一九頁)。

原判決の判示が、共同事業であれば、土地取引の主体となる、と解するのであれば、これは右判例に照らしても、明らかに、法令の解釈・適用を誤っているといわざるを得ず、この誤りが判例に影響を及ぼすことも、また明らかである。

二 脱税経費の損金該当性の解釈について

原判決は、本件謝礼金二億一〇〇〇万円をいわゆる脱税経費の範疇に属する謝礼金であるとして、このような謝礼金については、法人税法二二条三項各号のいずれにも該当せず、従って、法人税法二二条所定の損金に当たらないと解されると判示している。しかしながら、このような解釈は、現行の税務行政上の扱いに合致せず、また理論的にも誤りである。

1 脱税経費の損金性の問題につき、国税局と検察庁においてその扱いを異にすることは、裁判所においても公知の事実であると思われるが、事実、本件の脱税経費の扱いについても、税務当局は損金算入を認める取扱をしているのである。

被告会社では、本件査察調査後、期限後の確定申告を行っているが、この期限後確定申告は、被告人島田が、右申告日の前日に東京国税局に呼ばれ、同局の係官に書いてもらったのをそのまま写して作成した申告書を所轄の下谷税務署に提出して行ったものであって(被告人の第二回公判の速記録八四・八五頁)、正に、税務当局の指導に素直に従って提出したものである。この確定申告では、右脱税経費二億一〇〇〇万円を損金に算入したうえで所得計算が行われ、この点に関してはそのまま申告が是認されている。しかも、検察事務官吉田隆夫の捜査報告書からは、本件の国税局から検察庁への告発に当たっても、右脱税経費二億一〇〇〇万円についての損金算入は認められていたことが明瞭に読み取れるものである。つまり、本件に関する税務当局の取扱は、右謝礼金が脱税経費であるとの調査結果を前提にしながら、その損金算入を認めるものとなっているのである。

2 理論的にも、脱税経費の故に法人税法二二条所定の損金該当性を認めないとの解釈は誤りである。

法人税法には、損金そのものの定義に関する規定はないが、一般に、損金とは「法令に別段の定めたがあるものを除き、資本等取引以外の取引で純資産の減少の原因となる支出金額その他の経済的価値の減少額をいう」と定義されている(中村利雄著「法人税の課税所得計算-との基本原理と税務調整-<改訂版>」六三頁)。この定義は、旧法人税基本通達のみならず、東京高判昭和二七年一月三一日判決税務訴訟資料一八号四一一頁)等によっても採用されているものであって、異論を見ないものである。すなわち、法人にとって純資産の減少の原因となる行為ないし事態があった以上、それが資本等取引に該当しない限り、損金に該当するとの考えが、法人税法ではとられているのである。なお、念のため資本等取引について確認しておくと、これは、法人税法二二条五項に、資本等取引とは、法人の資本等の金額の増加又は減少を生ずる取引及び法人が行う利益又は剰余金の分配をいう、と明確な定義がなされている。しかも、「資本等の金額」についても法人税法では、資本の金額又は出資金額と資本積立金額との合計額をいう、との定義がなされている(法人税法二条一六号)。

脱税経費は、不法原因給付として支出した法人にとって返還請求ができない支出であるから、当該法人の純資産の減少の原因となる支出金額であることは疑いがない筈である。もちろん、資本等取引にも該当しない。そうすると、脱税経費といえども、損金に該当することは明らかであり、後は、別段の定めによって損金算入が否定されるか否かの問題となる筈である。しかしながら、原判決は、脱税経費の損金該当性そのものを否定する解釈を示した。この理由は、損金概念を理論的に詰めること無しに、法人税法二二条三項各号を恣意的に定義し、そのいずれにも脱税費用は該当しないとの思考方法を取ったからである。この点で、特に問題となるのは、同項三号の「損失」についての定義である。

原判決は、右「損失」につき、「火災、風水害、盗難など、企業の通常の活動と無関係に発生する臨時的ないし予測困難な外的要因から生じる純資産の減少を来す損失をいう」と定義し、本件謝礼金は「損失」にも当たらないと説示している。

しかし、損金に該当する原価、費用及び損失いずれも、これらは会計学上の概念である。したがって、会計学上の概念として損失を定義するならば「収益の獲得に貢献しない効用の喪失」と定義されるべきものであって、右の原判決が行った定義は、例えば、というレベルの例示にすぎない。しかも、右理論的な定義を背景にして原判決の行った定義を見るならば、本件謝礼金は「企業の通常の活動と無関係に発生する臨時的な純資産の減少を来す損失」に該当すると見ることが素直な解釈である。

3 脱税経費の故に、本件謝礼金を法人税法二二条三項の損金に当たらないとした原判決は、法人税法の解釈を誤っているといわざるを得ず、本件における被告会社の実際所得金額は、謝礼金二億一千万円を控除した金五四三、七九四、〇〇〇円とするのが法令の正しい解釈といわねばならない。

第四 量刑不当の主張

一 原判決は、被告人に有利に斟酌すべき事情を十分考慮に入れても、本件犯行の重大性と悪質性に鑑みると、被告人に刑の執行を猶予すべきではない旨説示している。

1 原判決の判示するところによると、犯行の重大性とは、逋税額が約四億六〇〇〇万円余と多額である上、全く納税申告をしなかったため、その逋税率は一〇〇パーセントであるとの認定から導かれる評価である。

しかしながら、右の重大性として指摘されている逋脱税額が約四億六〇〇〇万円余である旨の認定が誤りであることは既に論じたとおりであるが、そのことを除いて評価しても、本件と同種の法人税法違反被告事件の次の各判決と比較すると、本件の被告人を懲役一年八月の実刑に処したことは明らかに重すぎる。

(一) 佐賀地裁昭和六三年一月二九日(税務訴訟資料一六七号一〇六頁)

主文 被告人 懲役一年六月(執行猶予三年)

被告会社 罰金一億六〇〇〇万円

逋脱税額 四億四八二二万二一〇〇円

(二) 名古屋地裁昭和六三年三月二五日(右同一六七号六一六頁)

主文 被告人 懲役三年(執行猶予四年)

被告会社 罰金一億五〇〇〇万円

逋脱税額 五億一七〇八万九五〇〇円

(三) 那覇地裁平成元年一一月九日(右同一七二号二一九六頁)

主文 被告人 懲役二年(執行猶予五年)

被告会社 罰金一億二〇〇〇万円

逋脱税額 四億三九六〇万三四〇〇円

2 しかも、被告人自身は、本件犯行を三億円の脱税であるとの認識で行っているものである。脱税行為の故意論を敢えて問題にはしないが、少なくとも、被告人の責任非難の程度を計る量刑にあたっては、その認識額が重視されるべきである。

すなわち、被告人が脱税工作によって意図したことは、結局、被告会社に課される税金はざっと計算した結果、約三億円であるが、その三億円の税金を支払わなくても済むように、創都開発の山本に謝礼金として二億円を支払い一億円分を利得しようというものであって(被告人の検面調書一五丁)、脱税金額に比し、主観的な利得意思は、遥かに低い。そうすると、脱税額が四億六〇〇〇万円余であるとの前提で犯行の重大性を強調して被告人に実刑判決を宣告した原判決は、この点でも明らかに重すぎるものといわざるを得ない。

3 また、原判決は、本件犯行の悪質性として、脱税に際し売買利益を圧縮することを企て、ダミー会社二社を介在させ、しかも脱税の指南を仰いだ知人に二億円、受領した小切手の換金への協力を求めた知人に一〇〇〇万円、合計二億一〇〇〇万円もの謝礼金を払っていたという態様手口が悪質であると評価し、また、この点を捉えて、脱税の犯意にも強固なものがあるとの判示をしている。

しかしながら、右の点は、実は、その事実を素直に観察すれば、次のとおり、むしろ単純幼稚と評価されるべきものであり、また、犯意の点でも、決して強固であるとすることはできない。

したがって、この点を強調してなされた実刑判決は、明らかに事実の評価を誤ったものといわざるを得ない。

(一) 本件脱税の手段は、三平建設から開幸地所へ本件土地を売却するに際し、二つのダミー会社を介在させて、三平建設から被告会社が受け取るべき利益分配金を土地の売買代金として受け取ることによって、被告会社を表面化させない、ダミー会社は売買代金を仮受仮払処理をするから当面利益の確定をしないようにする、そのうち、ダミー会社は倒産させてしまえば、税務署にも何がどうなっているのか分からなくなる、というものである。

(二) そもそも、右の案は、創都開発の山本が考えたものであって、経理には詳しくない被告人としては、被告会社から金二億円の謝礼を支払うという約束もしていたこともあって、右山本に全面的に任せていたものでもあった(被告人の検面調書一五・一六丁)。決して、被告人が主導的に行動していたものではない。

(三) しかも、右山本が考えた案は、売買契約書に基づき開幸地所側から小切手で売買代金が支払われている以上、脱税をして税務当局に分からずに済む性質のものでは全くない。経理には詳しくない被告人だからこそ、右案が成功するかのような甘い期待を抱き得たものである。このことは、被告人が小切手を受け取った直後に気付く程であって、決して巧妙悪質といえるものではなく、むしろ単純幼稚と評価されるべきものである(被告人の検面調書二〇丁)。

(四) また、右の事情を被告人と右山本との関係で見てみると、被告人は山本から脱税を誘惑され二億円を騙し取られたとも評価できるものであって、この点からも被告人と本件脱税との関わりがいかに単純幼稚であったかが窺えるものである。

4 以上のとおり、原判決が、強調している犯行の重大性と悪質性とは、いずれも、被告人を懲役一年八月の実刑判決を支え得るものではない。この点において、既に原判決は、破棄されるべきものである。

二 また、原判決は、犯情の悪さとして、動機の点で酌量の余地に乏しいこと、税金につき完納の目処が立っていないことを指摘している。

1 逋税の動機

本件脱税の動機に関しては、被告人の検面調書には、被告人は自己資金でビルを建築する夢を持っていたところ、まともな税金を払っていてはその夢を達成することはできない旨の記載がある(被告人の検面調書一二丁)。この点を捉えて、原判決は、折からの不動産ブームに便乗して一獲千金を狙ったもので、酌量の余地に乏しいとの評価を行っているものと思われる。

しかしながら、右の供述は、人間誰しも自分のビルでもあればいいという一般論的な会話の中でなされた言葉に過ぎない。本件犯行の直接的な動機は、税金に九割も持って行かれてしまう、約四億六八一八万円を取得しても五〇〇〇万円しか残らないという誤った認識が直接の動機となっているのである(被告人の検面調書一一・一二丁、被告人の第二回公判速記録七二~七五頁)。

すなわち、そもそも、被告会社においては、三平建設から利益分配金を受け取っても、土地重課税は掛からないにも拘らず、被告人は土地取引に関係する収益であるから土地重課税が課せられるのではないかと漠然と誤解し、更には、土地重課についての税率まで誤解を重ねた結果、実際は、被告会社が、三平建設の提案どおりに利益分配を受けそれを適正に申告したとしても、約二億七一五四万円程度は残るにも拘らず、五〇〇〇万円しか残らないとの大変な誤解をしたことが、本件脱税工作を始めるに当たっての直接の動機となったのである。

すなわち、無知であったが故に、税額を誤解し、これが直接の動機となったものであって、この点は、被告人に有利な事情として評価されるべきものと思料する。

なお、右の税率の点に関して付け加えると、確かに、昭和六二年一〇月一日以降に行われた二年以内の超短期の土地売買による利益については、税制改正の結果、法人税及び法人住民税併せて八四・四五%の高さにまで税率が上げられているものの、本件の当時は、土地重課の対象となったとしても、七二・七二%の税率に留まっていたものであって、これを九割と誤解していたということは、被告人島田の税務・経理の知識が極めて乏しいことを物語るものといえるのである。

2 納税の目処

原判決は、被告会社は未だ法人税本税二億円弱を納付したのみで(このほかに国税局により債権やゴルフ会員権の差押がなされている)、地方税、延滞税を含む完納の目処は立っていない旨判示し、この点をも刑事責任が重い理由としている。

しかしながら、地方、原判決は、被告会社がかなりの納税努力をしたことを認定している。具体的状況は後述のとおりであるが、実際問題として、国税局に差押がなされた債権やゴルフ会員権の換価処分が進行すれば、相当程度税金の滞納問題は解決する。勿論、被告人自身も一生懸命働いて税金を納めることを誓っている。

本件では、未納の税金の点は、寧ろ、この被告人の努力を今後も見守り、同人に自力更生の機会を与え、併せて国庫の被害の回復を図るという観点で捉えるべきものであって、形式的に、刑事責任が重いとする要素とすべきではない。

三 また、原判決は、査察前の所轄税務署への相談、期限後の確定申告及び修正申告と納税努力、被告人の反省、適正な税務処理の実施、前科前歴がないこと、被告人の家族関係等をそれぞれ、有利に斟酌すべき事情として評価している。これらの具体的な内容は以下のとおりである。

1 査察前の所轄税務署への相談

被告人は、昭和六三年八月二九日、税理士と共に、被告会社の本件に関する申告の相談をするため所轄の下谷税務署に出頭し、法人税第三部門の上席調査官村上徹雄氏に面会し話をした。相談を受けた税務署側は金額が大きいため更に上司である統括国税調査官の永瀬隆敏氏もが面会に対応することとなった。その後、同年九月七日にも、被告人は、もう一度下谷税務署に相談のため出頭している。この際、被告人は、記憶にある範囲で事の次第を話したものの、正しい申告をするための資料が、金庫の中にあり、たまたま、被告人の妻がその鍵を持って同人の実家がある台湾に父親の看病のため帰国していたため、直ぐに、申告をすることができないでいたところ、昭和六三年一一月九日、東京国税局査察部による査察調査を受けたものであった(被告人の第二回公判の速記録七六~八二頁)。

右事情が物語ることは、被告人が、本件犯行につき、思い悩み、深く反省した結果、通常の刑事事件に置き換えるならば、正に自首をするような気持ちで下谷税務署に出頭したということである。下谷税務署自体は摘発する機関ではないので、敢えて刑法四二条による刑の減軽を求めるものではないが、被告人が査察前に申告相談に税務署に赴いた右の事情は、被告人の量刑に当たっては、実質的に自首と同視しうる事情として斟酌されるべきものである。

2 期限後の確定申告及び修正申告と納税努力

被告会社は、本件に関し国税当局の指導に基づき、期限後の確定申告及び修正申告を行い、今日までに、納税状況報告書のとおり、一億九七五六万七七七五円の法人税を納付している。その他に、被告会社では、国税当局により三栄土地株式会社に対する金一億六五四七万円の貸付金やゴルフ会員権二口の差押を受けている。これらの差押を受けた財産はいずれも、確実に換価できるものであって、国税徴収法に則り換価の上法人税として納付されることは、時間の問題となっている。

勿論、被告会社としても、独自に納税資金を調達して一刻も早く納付すべき性質のものであるが、税金を払い、三栄土地株式会社に対して貸付を行い、七六二六万余円を有価証券取引により失い、また、景気後退のため昭和六二年から今日までの会社運営上の経費として費消してしまったがため、逋脱所得は一切残っていないのみならず、現在の被告会社の運転資金として、銀行からの融資を仰がねばならない等の厳しい状況にあるが故に、大変残念ながら、未納税額がある。しかしながら、これらの事情は、寧ろ、一生懸命働いて税金を納めることを誓い必死に努力を重ねている被告人に是非とも自力更生の機会を与える事情として考慮すべきものと思われる。

3 適正な税務処理

被告会社では、佐々木久子税理士事業所の所員であり被告会社の経理を担当してくれることになった生田目洋文氏に会計監査についての法的責任を有する監査役に就任してもらい、今後、二度と税務上の不正行為ができない体制を整えている。

前述のように、本件脱税は、被告人の経理・税務に対する知識が極めて乏しいことが直接的な動機となっていたものである。したがって、右のように、専門的知識を有し且つ気軽に相談ができる佐々木久子税理士を関与税理士に迎え、生田目氏に監査役を引き受けて貰ったことは、被告人の反省の深さのみならず、再び過ちを犯さないことの確実な担保として評価されるべきものである。

4 被告人の反省、家族関係等

被告人の生活状況は、本件脱税行為の前であると後であると、基本的な変化はない。生活態度は、被告人夫妻の間に子供がないため、やっとなんとか暮らしていける極普通のものであり、現在住んでいる住居も四七・五〇m2のマンションを三〇年ローンで購入したというものであって、脱税事件の被告人として普通想像される姿とは全く異なる暮らしぶりである。

しかも、被告人自身、健全な家庭生活を営む真面目な人物であり夫婦の信頼関係にも密なものがあって、今回の脱税事件を除けば、社会的には望ましい夫婦であるといえる。勿論、被告人には、前科前歴も全くない。

このような被告人の反省状況を一番理解しているのは、言うまでもなく妻である。被告人の妻は、被告人が夜も眠れずうなされている状況を見て、その反省の深さを証言しているが、被告人自身も公判廷で罪の深さを深く反省し二度と過ちを犯さないと誓っている。このような深い反省の故、被告人には再犯の虞は全くない。

四 一審判決後の情状、まとめ

原判決において、実刑判決が下されたことは、弁護人のみならず被告人にとっても、意外な事態であったが、被告人にとっては、認定された事実に対する問題は別にして、反省の気持ちを更に深めることとなり、その後も納税のため一生懸命に働いている。

しかしながら、未だ底を見ないと言われる経済不況の中にあって、四七・五〇m2のマンションについての金利を払いながら、日々生活している身にあっては、未納の税金を納めることはできない状態である。

以上のような諸々の事情を考慮すると、被告人に対し一年八月の実刑を、被告会社に対し罰金一億円を言渡した原判決の量刑は著しく過重というべきであり、原判決を破棄して、被告人に対し執行猶予付きの判決を、被告会社に対してはより寛大な罰金刑を言渡されるよう上申する。

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